第12回 迅速検査実習報告

HACCP導入へ向けた迅速検査実習

文責:迅速検査研究会 事務局

迅速検査研究会は2024年8月23日、東京・中央区の東京顕微鏡院 豊海研究所において、第12回「HACCP導入へ向けた迅速検査実習」を開催いたしました。本実習は、主に食品安全・食品衛生に携わる方々を対象に、ATPふき取り検査やタンパクふき取り検査、アレルゲン検査キット、簡便・迅速な微生物検査の培地や装置、各種キットの有用性や操作性の良さを実際に体感して頂くことを目的に、2016年から定期開催している“体験型”の講習会です。
今回は、微生物検査や簡便・迅速な検査キットの使用経験がある方から未経験者まで、15名のご参加を頂きました。


簡便・迅速な検査法を有効活用するには、検査結果を正しく読み取ることが必要であり、そのためには検査法の原理等に関する正しい理解が必要な場面もあります。そのため、本実習では講義と実習の組み合わせで構成されています。副読本として当会の15周年記念誌も配布致しました。

講義

当会の川﨑晋会長から、基調講演としてHACCPにおける微生物検査の役割や位置付け、検査結果を有効活用するための考え方などを解説いたしました。

2021年6月からHACCP制度化が本格施行されていますが、多くの食中毒事例の原因を紐解くと、CCPの管理不備ではなく、一般衛生管理の不備(不十分な手洗い、環境からの二次汚染など)に起因する事例も多いことは明らかです。HACCPの運用において、一般衛生管理も重要であることは、ほとんどの食品事業者が理解しているところではあります。
しかしながら、CCPの運用状況は加熱工程の温度や時間などをパラメータとして「科学的根拠」を持って管理できますが、一般衛生管理は「運用状況の可視化」「リスクの可視化」を具体的に行うのが難しいのが現状です。
そこで注目されているのが「環境の清浄度」を「可視化」「見える化」できる簡便・迅速な検査ツールを用いて、「科学的根拠を持った一般衛生管理を構築する」という考え方です。とりわけ、微生物やアレルゲンなどの汚染物質は、小さすぎるので、目視で把握することはできません。いかに「見えない汚染物質を『見える化』するか?」が重要です。そこで有用な選択肢の一つが「簡便・迅速に操作でき、適切な信頼度を持った検査ツール(キット・装置類)」です。
最近は、環境の清浄度管理に有用な、様々なツールやキット、技術が開発されています。これらを「検査の目的」に合わせて、効果的に使いこなすことが、HACCP制度化時代の衛生点検・衛生検査の在り方と言えるでしょう。

検査で大事なことは「検査結果をHACCPや一般衛生管理の『改善』に生かす」という観点です。検査は「検査すること」自体が目的ではありません。HACCPのPDCA(Plan-Do-Check-Actのサイクルによる継続的改善)については、多くの関係者が「HACCP運用上の課題」として意識していますが、一般衛生管理では「科学的なチェック方法」を持っていなければ、改善の実現が難しいのが現実です。
環境の清浄度を見える化(数値化)し、経時的な傾向(トレンド)を把握することは、食中毒発生リスクの未然防止につながったり、将来に向けた現場レベルの改善点を見つけることにつながります。例えば、日々、ATPふき取り検査や微生物検査の結果を実施することで、現場で徐々に汚れが蓄積しているのか、あるいは当初の清浄性が維持されているのかが見えてきす。
そのためには、「検査結果が陽性」という結果が得られた場合、必ずしも「衛生管理に欠陥があった」とネガティブに捉えるのではなく、「衛生管理を改善する機会を見つけた」と改善に向けて生かすような“マインドチェンジ”が必要な時代に差し掛かっているのではないでしょうか?

実習

「微生物検査」「ATPふき取り検査」「携帯形微生物観察器」「タンパク質検査/食物アレルゲン検査」の各項目について、様々な簡便・迅速キットを体験していただきました。
今回の実習で用いた簡便・迅速法の一部を紹介します。


【実習①ATPふき取り検査】

ATPふき取り検査は、すべての生命体が活動のエネルギー源として利用する化学物質「ATP」を指標とした検査で、洗浄後の機器や環境表面の清浄度を評価する検査手法として、食品施設や医療施設、公共施設など、様々な場所で導入されています。
ふき取り資材と検査試薬が一体となったキットと、小型・軽量の測定装置を用いることで、検査結果がその場で(10秒程度で)数値化されます。そのため、誰でも、どこでも、簡単に清浄度の良否が判断できるとともに、その場で改善に向けた活動が展開できます。


【実習②スマートフォンで観察できる顕微鏡】

微生物検査において、顕微鏡観察は基本的であり、かつ多くの有用な情報が得られる検査法です。一方で、食品現場ではガラスの持ち込みが禁止されている場合が多く、現場ではプレパラートの作成ができません。
そこで、試料を直接(前処理なしに)観察できるように開発されたキットツールが携帯形微生物観察器「mil-kin(見る菌)」(mil-kin)です。顕微鏡本体とスマートフォンのカメラ機能を使って、観察および観察結果の記録が可能です。食品施設や医療施設、飲食店、教育施設など、多分野で活用されています。


【実習③タンパクふき取り検査/アレルゲン検査】

食物アレルギーは、人命にも関わる重大な食品安全ハザードの一つです。アレルゲンの管理で特に重要なのは、適切な表示と、(表示されていないアレルゲンが混入しないように)環境中での交差接触が起こらないような管理が挙げられます。アレルゲン検査のポイントは、主に環境検査、原材料検査、ふき取り検査、中間製品検査、最終製品検査です。環境検査の中でも、とりわけ洗浄後にアレルゲンが残存しないことの確認には、簡便性と迅速性が求められます。
本実習では、アレルゲン検査の意義や原理について、水落慎吾理事(島津ダイアグノスティク)が解説した後、様々な種類のタンパクふき取り検査やアレルゲン検査のキットを体験して頂きました。

様々なタンパクふき取りキット(①~③)のほか、特定の種類のアレルゲンを検出するキット(④はイムノクロマト法のキット)も体験
〔主な提供資材〕フキトリマスター(エア・ブラウン)、PRO-CLEAN/AllerSnap(ニッタ)、クリーントレース タンパク残留測定スワブ(ネオジェンジャパン)、FAテスト EIAシリーズ・イムノクロマトシリーズ(島津ダイアグノスティクス)

【実習④微生物検査 培地・装置】

最近は簡単に操作できる、専門的な知識や技術、経験を持たない方でも操作が可能な微生物検査キットが市販されています。本実習では、シート状培地やコンタクト培地(スタンプ培地)、蛍光分析法を用いた菌数計測装置などを用いた結果の観察を行って頂きました。
一方で、検査の原理を把握することは、それらキットの長所を生かしたり、使用上の注意点を把握することにつながります。そうした考えから、本実習では新井正啓理事(栄研化学)による微生物検査で用いる培地成分の役割や、培地の原理について解説する基礎講座も開講いたしました。



【実習⑤手洗い教育】

「衛生管理は手洗いに始まり、手洗いに終わる」と言われるくらい、手洗いは「基本」であると同時に、極めて重要な項目です。もちろん、検査担当者においても、手洗いは必須の“前提条件”です。
そこで、本実習では食品事業者に求められる「衛生的手洗い」について村松寿代理事が講義を行うとともに、全ての受講者に「手洗いチェッカー」を用いた手洗い実習も行いました。講義では、手洗いでは「何秒洗う」といった意識よりも、「どのような手順で洗うか?」が重要であることが強調されました。


●スタンド型手洗いチェッカーBLB(東京サラヤ)を用いた手洗い教育を体験


①模擬的な“汚染物”として手指に蛍光ローションを塗布。
②通常の手洗いで汚れを落とす。
③紫外線を照射すると、ローションを洗い残した箇所が白く光る。写真の場合、指の付け根や股、関節のしわに洗い残しがあることが可視化されている。また、利き手(写真の場合は右手)の方が洗い残しが多いことがわかる。
④自身の洗い方を意識した上で、「正しい手洗い手順」を教育した後、再度、手洗いをやり直す。その状態で紫外線を照射すると、今度はきれいに汚れが落ちていることがわかる。