第49回定例講演会レポート

(文責:迅速検査研究会 事務局)

迅速検査研究会の第49回定例講演会を2024年3月5日、東京・月島の中央区立月島社会教育会館で開催いたしました。当日は会場で約50名、オンラインで約30名のご聴講をいただきました。
今回は「HACCPにおける食品・環境検査とその信頼確保」をメインテーマに、細菌性食中毒と寄生虫食中毒への対策と検査、製造環境の一般衛生管理(衛生設計=サニタリー・デザイン)の考え方、自主検査を維持するための精度管理の取り組みなど、「科学的根拠に基づくHACCPと衛生検査」について、4名の先生方に講義をいただきました。

【基調講演】HACCP制度化で重要な食品安全ハザード ~主要な食中毒菌の基礎知識と検査法の変遷~

迅速検査研究会 森哲也副会長(一般財団法人東京顕微鏡院)
発症したら重篤な症状に至る可能性がある、最悪の場合は人命にすら関わる食中毒菌の代表例として、腸管出血性大腸菌、サルモネラ属菌、リステリア・モノサイトゲネスなどがあります。これらの病原菌を認識し、対策を構築・実践することは、食品事業者の社会的責務の一つであることは間違いありません。森副会長には、これらの病原菌の特性に関する基礎知識についてご解説いただきました。
腸管出血性大腸菌は、牛肉が関連する食中毒リスクが指摘されることが多いですが、野菜類を原因とする死亡事故も頻発しています。サルモネラ属菌は鶏肉や鶏卵が関連する食中毒が多いですが、近年、海外の食中毒事例ではクッキー生地やピーナッツクリームなど、原因食品が多様化しています。リステリア・モノサイトゲネスは、乳などの原料に由来する食中毒と、環境からの二次汚染による食中毒の両方が懸念されるので、工程管理(HACCP管理)と一般衛生管理の両面から対策を明確化する必要があります。
食中毒予防には「工程管理(HACCP管理)/食品検査」と「環境管理(一般衛生管理)/環境検査」という両面からのアプローチ」が不可欠です。培養法を用いた検査から、遺伝子手法を用いた迅速検査など、様々な検査手法の開発・普及も進んでいます。それらを有効に活用して、科学的根拠に基づく食品安全確保の体制を構築する必要があります。そこで今回は、主要な病原菌の検査法についても、その変遷をご解説いただきました。

【特別講演】寄生虫による食中毒の予防対策と検査の考え方

国立医薬品食品衛生研究所 大西貴弘先生
大西先生には、寄生虫による食中毒の予防対策について、主にアニサキス食中毒とクドア食中毒に関するご解説をいただきました。
アニサキスは、様々な魚(サバやアジ、イカ、イワシなど)に付着している可能性があり、近年は最も事件数が多い食中毒原因物資となっています。加熱や冷凍によって死滅するので、それらが基本的な対策となりますが、近年は冷蔵技術(特にチルド技術)が発達し、冷凍せずに輸送や保管ができるようになったことが、食中毒の増加に影響しているといわれています。また、最近は海上養殖や陸上養殖、高電圧を用いた殺虫技術の開発など、アニサキス食中毒予防に向けた新たな試みも活発に行われています。
クドア食中毒は、クドア・セプテンプンクタータと呼ばれる粘液胞子虫が引き起こす食中毒で、主な発生要因はヒラメの生食です。食中毒の発生件数は少ないですが、旅館の食事などで集団食中毒が起きる場合もあります。冷蔵や冷凍によって失活するので、それらが基本的な対策となりますが、養殖現場で汚染稚魚を排除することも重要な対策となり得ます。アニサキスと同様、一般家庭や飲食店などでの取り扱いに関して、正しい知識の普及・啓発が喫緊の課題と言えるそうです。

【講演①】食品安全マネジメントシステム(FSMS)における食品機械の衛生設計の考え方

一般社団法人日本食品機械工業会 大村宏之先生
食品安全確保において、工程管理(HACCP管理)と一般衛生管理は両方とも極めて重要な取り組みとなります。一方で、一般衛生管理については、科学的根拠に基づいて管理手段を構築するのは、なかなか悩ましい課題となります。
特に、製造や加工で使用する装置の「衛生的な設計」(サニタリー・デザイン)や、それらの衛生基準については、日本国内には公的な基準や指針などが示されておらず、各現場が独自に検討・構築する必要があります。コーデックス委員会の「食品衛生の一般原則」や食品衛生法などでも、「洗浄が容易であること」や「アクセスしやすいこと(=分解可能であること)」といった表現はされていますが、具体的に欠けた表現と言わざるを得ません。
そこで、参考になるのが、JISやISOに記載された衛生設計に関する規格要求事項であり、欧州衛生工学・設計グループ(EHEDG)によるガイドラインなどです。これらに記載された文言を正しく解釈することで、「衛生設計」という概念を具体化することができます。大村先生には、HACCPの前提条件プログラムの一角として重要な「機械・設備の衛生設計」の根底にある考え方や、規格や指針の解釈の仕方などをご解説いただきました。
なお、日本食品機械工業会では、JISやISOなどを活用した、衛生設計に関する教育・トレーニングなども行っています。

【講演②】微生物検査・アレルゲン検査の信頼性確保に向けて ~標準物質の開発と精度管理の取り組み~

日本ハム株式会社 中央研究所 荒川史博先生

一般衛生管理およびHACCPの適切な構築・運用・維持管理のためには、「正確な検査」が必要であることは言うまでもありません。そのため、「検査室の管理」「検査業務の質の管理」は極めて重要な管理項目であり、FSSC 22000などの規格でも、精度管理の関する規格要求事項が設けられています。
精度管理では、内部精度管理および外部精度管理の両方の取り組みが必要ですが、内部精度管理を実施する上で悩ましい課題の一つが「標準物質の調製および管理」です。日本ハム・中央研究所では、微生物検査およびアレルゲン検査の技能試験(検査担当者の技術の確認)のために、独自に標準物質を調製しています。荒川先生には、これらの標準物質の調製時の考え方や評価方法、それらの標準物質を用いた技能試験の近況などをご説明いただきました。

展示・プレゼンテーション

会場ロビーでは、簡便・迅速な衛生検査キットの展示も行いました。

 

第49回講演会を終えて:迅速検査研究会事務局

講演会終了後のアンケートでは、回答をお寄せいただいた視聴者全員から、満足できる内容であったとの評価をいただきました。4つの講演の中では、特にアニサキスとアレルゲン検査の話題が注目を集めていました。今後の演題についても多くの意見をいただきましたので、これらを取り入れ、次回の第50回という節目の開催につなげていきたいと考えております(第50回講演会は2024年9~10月頃を予定しています)。

厚生労働省の統計によると、2023年に発生した食中毒は事件数が1,021件、患者数1万1,803人で、前年(2022年)と比較して事件数は59件(6.1%)増、患者数は4,947人(72.2%)増で、事件数・患者数ともに前年から大幅に増加しました。
患者数が大幅に増加した背景として、飲食店などリテール・フードサービス分野でのカンピロバクター食中毒やノロウイルス食中毒が増加したことのほか、患者数500人以上の大規模食中毒が複数発生したことも影響しています。2023年は、湧水を使用した食事で患者数892人のカンピロバクター食中毒、弁当製造施設で患者数554人の細菌に起因する食中毒(原因物質は不明)が報告されています。また、死者が発生した4事案のうち、2件は病原大腸菌とサルモネラ属菌によるものでした。

HACCP制度化では「衛生管理計画」の作成と管理が求められています。「衛生管理計画」は「HACCP計画」と「一般衛生管理の計画」で構成される計画です。原料由来の微生物に対しては工程管理(HACCP管理)、環境由来の微生物に対しては一般衛生管理の徹底が重要です。
改めて、HACCP制度化の意義や意図について正しい理解を関係者間で共有し、細菌性食中毒の予防に有効なHACCP計画について考える必要がありそうです。

そのためには、HACCPの本質である「自主衛生管理」「自主検査」の取り組みが重要な位置付けとなります。その取り組みを形骸化させないためには、適時・適所での「検証」「検査」が不可欠です。そして、自主検査を行う場合は、その「検査の精度」についても考慮しなければなりません。
ただし、「HACCPの検証」「検査の精度の確認」と言っても、必ずしも難しい取り組みばかりではありません。各現場の必要に応じてリスクと対策の関係性を柔軟に考えることで、簡単な取り組みから、専門的な取り組みまで、取り組める対策があります。
迅速検査研究会では、そうした自主衛生検査の体制構築のためのサポートをご提供しています。
お困り事、お悩み事などございましたら、お気軽にお問い合わせください。